毘沙門天には五太子と言う五つの王子があるが『尊容鈔』という資料では最勝太子・独健太子・那叱太子・常見太子・善膩師太子の名が挙げられ、『秘鈔問答』という別の文献では禅尼師・独健・那叱・鳩跋羅・甘露の名が挙げられて、一定しない。
だが、天台流諸尊法の最勝太子法を見るにその真言は「オンナタクマラヤソワカ」で那叱太子の真言以外の何物でもないと思う。
密教の修法としてはほかの太子は聞かない。
故に最勝太子は那叱太子の美名とするのが妥当だと思う。
『秘鈔問答』の説により一番長子は甘露太子としたほうがよいようだ。
なお独健太子は中国では、道仏習合思想から漢口治水の神である二郎神君と同一視されることもあるという。
二郎神君は天兵十万を動員してもとらえられなかった斉天大聖のちの孫悟空を追い詰め、とらえたと言いう強力な神である。
ちなみに天軍の総帥である「託搭李天王」は毘沙門天と習合した神様だ。