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業の報いは勧善懲悪にあらず

以前に私がウクライナを応援するとウクライナの人々は民族として過去世の業でロシアの侵略をうけているんじゃないんでしょうか。

ロシアはその業を解消しているだけで悪くないのでは?と言う質問が来た。

 

この人は大きな勘違いをしている。

現報の苦は過去のカルマの結果であることは仏法の大原則だ。

悪因悪果 善因善果ということだ。

ウクライナも何かあるのかもしれない。

ただし、仏法では「過去の業で苦しむのは当然の報いだ」とは言わないのだ。

以前「破地獄法」の話をしたら地獄に落ちるのは自分が悪いからでそんな人を助けちゃだめでは?と言う質問もあったが同じことだ。

 

過去世が悪いから「いい気味だ。苦しめ!」とは言わない。

それならば因果の闇に任せるだけで仏が出る必要がない。

顔も未来もわからないのが我々だ。それを根本無明と言う。

愚痴の根本だ。

その意味では皆同じだ。

その根本無明を除くのが仏法だ。

過去は過去。良くも悪くももうもどらない。

すべきことは今未来の果を良いものにするための生き方をすることだ。

たとえいかなる過去の悪業の報いであろうが今起きている災いがあれば現実に対処する。

故に我等にはあっても仏に勧善懲悪はない。

ウクライナの人々の過去世がどんなであるのかは知らないが攻めてくるロシアに抗う。

それは少しも悪くない。

大いに抗うがいい。

 

 




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