最近は一生懸命は祈らない。
そのわけは・・・
ついつい助けたいと思うと歯を食いしばり力む。そんなことはいらない。
いらないというよりそんなことしても祈りの場では役にたたない。
何度もそう言うことを実地に教えられてきた。
正確に尊天や本尊に伝えるのが祈祷だ。
ただ感じることは必要だ。とどいたかな・・・と。
その意味では極めて心を砕く。
能動の祈りから受動の祈りへ変化している。。
力みそうになると自分でやめよ。やめよ。違うぞ。と思うことにしている。
「すわこそ!」という思いなど実は何の役にも立たないのだ。
ただ如法にすればいいことだ。
それが諸仏の誓願を信じるということだろう。
諸仏の誓願を信ぜずして入我我入も三昧もない。
諸仏の誓願を頼むのに力む必要はない。