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「幸せ」と言うパステル調のワタ飴のおはなし

昔、新宗教の勧誘で「あなた幸せですか?」というのがあった。

「幸せですけど」と言うと「もっと幸せになりたくないですか?」という。

「幸せじゃないかも・・・」というと「じゃ、幸せになりたいでしょう」とすすめてくる。

まあ、そういう勧誘自体を悪く言う気はない。

 

だが「幸せ」ってなんだろう。

「幸せ」と言われたとき人はなにを想う?

頭の中のパステル調のワタ飴みたいなもんで実は具体的ビジョンではない。

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具体的な目標が達成されれば幸せかなという考えはある。

だが、それは幸せと言うより「ゴール」だ。

なぜなら幸せと言うのは感情であって「ゴール」は多くの場合それを感じるための媒体だからだ。

それがわかっていないとなんだかわからない感情に動かされてしまう。

希望の場所に就職できるとか、入学するというのはゴールで幸せではないよね。

でもそうなれば一時的に幸福感はあるでしょう。結婚や恋愛はどうだろう。

お金を手に入れる。

勿論、幸福感は来るが、それ自体が幸せそのものとは違う。

幸せ自体は感情であって無形だからだ。ものやイベントとは別物だ。

だからせっかく入った会社や成就した結婚で不幸せや居心地悪さを感じてしまうことだっておこるわけだ。

 

逆に言えば今ここで幸せを見つけることもできる。

朝 体調がいいという幸せ。

チャンと便通がある幸せ。

電気や数に手に入るお水のある幸せ。

家族が無事な幸せ。

ワンコやニャンコのいる幸せ。

そこにこころを置くだけでいろんな幸せは今ここにある。

問題は心を置くかおかないかだけだ。

幸福の青い鳥を探しに籠をもって出かける必要は必ずしもない。

 

私の学生時代ちょっと年上かなと思う女性に呼び止められて「あなたさあ、幸せになりたくないですか?」と町で声掛けらえた。

宗教だか、なんだか、しらない。

「必要ありません。」と言ったらキョトンとしていた。

 

 

 

 

 

 




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