宮本武蔵の独行道にはおしえらること多くなるべくまねびたいと考えています。
そのなかで「仏神を尊んで仏神をたのまず」というのがあります。
これは祈祷僧には真逆の考えと思うかもしれない。
ですが祈祷の理想はそうなのです。ひとのことはともかくも行者は自分のことは祈らぬものと教えられてきました。
武蔵は五分と五分、兵法者がおのが命一つをかける試合に仏神の依怙贔屓などないものと悟ることは容易だったと思う。
それは国を背景の戦などとは戦う目的が違う。
そんな武蔵にも次のようなエピソードがあります。ある少年が父の仇を撃つ果たし合いに臨むことになり、武藏に教えをこうた。
武藏は簡単に一方で受けたら、一方で刺せと教えたが、それと同時に足元にアリがあるいていたらお前は勝てよう。
万一アリが見えなくても私が摩利支天を祈っているから必ず勝てると教えた。季節は夏、アリがいるのは珍しくない。
少年は見事に敵を倒したという。
武藏は自分は祈らず、物忌み(げん担ぎ)もしないというが信じる力は熟知していたと思う。
後年、兵法五輪の書を書き上げるが、彼は天道と観世音によりと言っている。
武藏は宗教否定の人ではなくまことの求道者だったのだと思います。
深く尊敬する。
