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殺生の最たるものは

「動物殺すのと人間殺すのは同じでしょうか」という弟子の質問。

「同じとはどういう意味で?

「命と言うことなら同じでしょう」と返した。

さらに「罪の上はどうですか?」

「罪って誰から見て?」

「そりゃ人間殺すのが最もよくないと思うのは人間の立ち場では勿論そうで

しょうね。

でもオオカミなら仲間の方が人間の命なんかより大切でしょう。」

 

シートン動物記の「オオカミ王ロボ」はカランポーで悪魔のように恐れられた賢い狼のリーダー ロボをパートナーである雌オオカミをおとりにしてついにとらえたが、ロボは自ら餌に手を付けず飢え死にを選ぶ。

このことでシートンは大変な衝撃を受け、彼の動物への見方は一変する。

 

「そうでなく絶対的な目で?」

 

「どこにそんな目を持つ者がある。そんなものはない。ほとけ様?

仏も我々人間の目を通しての存在だから、結局は人間から見た超越的立場で我々自身が考え人間的にもの言うだけのことでしょう。」

 

さらに仏を自然の立場と言うなら・・・

自然界にはコロニー作る生き物は基本的に同族を殺すのはいけないというテーゼがある。

これは自然が決めたこと。悪というなら悪の最たるものそれだ。

生き物は命をつなぐことが使命。

だから生死を分かつほどに飢えてくれば強いものは弱い同族を食い殺すもありなのが自然界だ。

だが、それで種はギリギリつないでいく。

 

だから同族を殺すのは不自然であり、最悪な行いです。

でも高度な動物で最も同族殺しているのは人間だけだね。残念ながら。

 

 

 




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