「御祈祷してもらいたいのですがお金に余裕がないんです」と言う方。
まあ、こういう世の中ですからあるでしょう。
「じゃあ、お参りいただければそれでいいと思います。ご祈祷しないと御加護がないということはないですからね。」
たいがいはそれでおわる。でも来たひとはまずいない。
なかには食い下がって
「いや、何としてご祈祷して欲しいんです。」と言う人もいる。
「じゃあ、お参りにみえたら理趣分で加持してさしあげます。無料ですよ。」
「そういうのじゃなくてチャンとお札の出る祈祷にしてほしいんです。」
「そういうのじゃなくてとはどういう意味ですか?チャンとしたとはどういうご祈祷ですか。理趣分転読はちゃんとしていない?」
こういう時はハッキリ言います。
「アンタみたいな素人にご祈祷のいい悪いなど謂われたくありません。要求の心しかないなら本尊からみれば最上級の祈願料出して御祈願しても同じことですよ。」
こういう人で是非お参りに来たいと言う人があったためしはない。
御祈祷はどこまでも信仰の延長線上にあるものです。
そして、お札は呪物崇拝の対象ではない。