羽田談
大森先生の修行会はすごいと思う。
皆こころに大きな変化をもたらされたというお話を毎回聞く。
さすが仏教の世界にいて心理学、さらに伝法などの研鑽を今も余念なく重ねているだけある。
なにより危険性がないのがいいですね。
普通に念誦など一洛叉(十万遍)させたところで容易に変化は実感できない。
体験的にしんどいけどやったというだけのことだろう。それが普通だ。
例えば念誦したら、お不動様が出てきた。観音様が出てきたなどその間にやたら霊体験しまくるなどは逆に精神の病気を疑う。
それはこの方はもうここまででもうストップと言う一つの指標になる。
十万遍終わるや、ブチ切れて暴言を吐きやめていただいた方もいる。
行法はある意味むき出しの自分が出てくるのでそこを本人が自覚せず、ただ行に依存してもよい結果は得られない。
やはりそうした専門の行は慎重に人を選ぶものであると思う。
密教はどうぞ。どうぞと言うものではないと最近強く想う。
結果、行を中断してやめていただいた人も何人かいる。
そこに後悔はない。
あるとすればもっと早く気が付くべきだったということのみだ。
私の人を見る目が曇っていたという反省はある。