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これからの仏教はどうなるだろうか。

これからの仏法は風習や習慣としては都市部からもうドンドン廃れていくだろう。

お寺と言えばお葬式が通念だが、お葬式も6割り方が要らないという調査結果がある。

葬式もほとんど家族葬だ。お坊さんも呼ばない。

あるいは何宗でもかまわない。もうそういった風になってきている。

家族のみでお葬式だから社会的なお別れはなくいつの間にか闇に消えていく終わり方となる。

 

「ああ、あの方はもうなくなってたの?」なんてのが普通になる。

 

テーラワーダや仏教の哲学面でも興味ある人は集まってはいるようだが、実際の我が国の仏教は信仰であり、宗教としての仏教である。

 

しまいには本当に信仰したい人だけが集まるお寺となっていくだろう。

ある意味それが正しいこの国の仏教の姿なのかもしれない。

 

お葬式してもらいたい人はお寺にその葬儀資金を預けてしてもらうようになるかもしれない。

そうなれば喪主は寺で遺族は弔問客だ。遺体は異体で家族が対処するだろうし、ご遺体もない葬式が主流になるだろう。

墓もどんどんなくなり祠堂法要が主となる。

霊園事業は先が不透明だからどんどんなくなる。葬儀屋も少なくなって過渡期にはかなり困ることだろう。勿論、寺だって生き残るのは今の半数以下だろう。

四分の一か五分の一かも。

宗教のない人のお骨の納め場所は公営の共同墓園で合祀となろう。

個人や家族の墓所はどんどん減る。後誰も見ないから。

みながおしなべて夫婦別姓を選べばもう一族と言うのはないも同然だ。

未来のお墓事情を考えるとイスラム教信者などは理想の埋葬は未来の日本ではまずできないだろう。

葬式だけは海外に行くようになる。

 




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