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「四方寿恵当世仏弟子御目出度気質」

世の中は私の小僧時代とかなり変わった。まあ、40年も昔だからね。

最近のお弟子さんは・・・という話はよく聞く。

 

まあ、カルチャーセンターのパソコン教室にでも来る感じで来る人はいるね。

 

この間も「うちにいるお弟子さんは師匠とよくケンカする」という話をきいた。

師弟で喧嘩なんかあり得ないが聞いてみると、なにかにつけて「でも」とか「だって」とか言って逆らうというのだ。

この方はかなり厳しい先生なのでよく破門にしないな。でも、根は優しい人だから・・・と思って感心して聞いていた。

逆に言えば仏道の師匠はどんなに厳しくとも根っこに慈悲がないいような人はダメだね。

 

慈悲を上手にかくして程よく厳しいということでないといけない。

弟子はその慈悲を見抜いていないと真実、弟子にはなれないな。

 

だが、さらにひどい話が師匠が丁寧に「○○してください」と言ったら「いいですよ」ときた話。

さらにひどいのは言い方まで「イイっすよ」と言うやつ。

浜ちゃんとスーさん 「釣りバカ日誌」ではないのだ。

口の利き方も大事なことだ。

これは昔なら即一発破門もありだ。

 

そもそも頼み事や許可を求めているのではないのだ。

 

丁寧に言ってはいても師命なのである。

そこはもうまったくそこを勘ちがいしている。

 

こういう人がいたら私の場合はもう以後はとりたてて用は言わない。お客さんだと思うことにしている。

僧侶の場合は師匠がこのように御客扱いにしてくれたらもう破門とおなじ事だ。

激怒するならまだしもだ。怒るのは脈があるからだから。

師「○○さんすみません。○○してくれますか」

弟子「いいっすよ」

師「ああ、ありがとうございます」と言うやり取りを

「うちの師匠は丁寧でいい人だな~」などと思っている人は超おめでたいウルトラバカだ。

果ては「気にいられているに違いない‼」と思う救いがたい人もいる。

事実は真逆だろ。

 

つまりこれは信者さん扱い。いまだお客さん扱いなのだ。

まあ、得度だけならそれでもいいと思っている

うちでは「冥途の土産コース」と呼んでいる信者さんレベル。

 

だがより上を目指すというならこういうふうでは到底無理なのだ。

うちははじめから僧階などつけない。上がってくる人だけに付けます。

そうでないと礼儀作法もわきまえない、いい加減な僧侶が世の中にあふれちゃ仏教の名折れだ。




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