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飯縄大明神祭文を読む 2

「さては衆生化度の行者にましますか

また行者問い奉る 伏して願わくはそのしるし、親しく示現したまえ」

 

声の主は役行者が常人でないと知り、答えました。

役行者は声の主の正体を示現するように頼みます。

 

「その時、雲中より忍辱第一の行者にさては形を見せんと、金色の光を放ち

かたち、翼の如くして左右の手に剣と縄を持し、五体に蛇をなし、白狐に乗りて空中に立つ。

行者お姿を拝し奉り、『有難きかな。この尊、本有金剛の相を示現し、この界の衆生を導くなりという。」

 

声の主は雲の中より金色の光とともに翼を背負って現れました。

剣と剣を以て、体中に蛇をまき、白い狐の上に立ちます。

役行者はその姿を拝み、この尊が一切衆生の持つ金剛不壊の現れであるとみて、娑婆有縁の衆生を導かれるのだと悟ります。

 

これは一種の珍説ですが、飯縄明神は五体に蛇をまくことから、黄泉の国にて体中に大雷つまり龍神をまくイザナミノミコトとされることがあります。

イザナミノミコトは女性ですので。これにより飯縄神女と書くものもあります。

またイズナはイザナミに通じると言います。



「答えて天のいわく 善哉 善哉。さては我はこれ根本大日如来の正体也」

ここがとても大事なところで普通はいかなる尊にしても密教では大日如来の化身と言うところを逆に我こそが大日如来の正体、つまり大日の本地だと言います。

この思想は修験道独自のものです。

絵にかいたような大日如来などない。

山川草木、獣や鳥や蛇のような生き物こそ大日そのものであり、飯縄明神はその総体なのです。

つまりは宗教的なイメージでなくダイレクトに自然界の生命を大日ととらえる考えであり、飯縄様のお姿はその思想の現れです。

故に飯縄さまのお姿は鳥、狐、ヘビなどの鳥獣の相を併せ持ちます。

 

 

 

 




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