若い頃、ある比叡山回峰大行満阿闍梨が行う宮中土足参内では30分ほどかけて護身法をしたと聞いた。
護身法は密教のαでΩ
ここにすべてが盛り込まれていると言っても過言ではない。
密教は曼荼羅思想である。
どの尊の背後にも曼荼羅を拝む。
護身法はそのエッセンスだ。
「浄三業印言」は仏教の方法論である三業のカルマを除き、法の器となる。
「仏部三昧耶」「蓮華部三昧耶」「金剛部三昧耶」はそこに曼陀羅に聖衆を余すところなく盛り込む。
要は一身上げて「曼荼羅」となる秘法が護身法。
そしてさらに「被甲護身」を似てそれを堅固ならしめる。要するに胎蔵界曼荼羅でいうなら五色界道のようなものだ。
被甲護身の印言は実は軍荼利明王の秘印である。
このゆえにこれをよくよく修すれば自ずと秘密曼荼羅世界の深みにいたると思う。
門下では100日かけてこれを修行させているところもある。
これがロクにできないものはまず駄目である。
こんな短い法ながらこれがどうしてもできない人もいる。
これは密教の法の器ではないということだ。
当院はこれに加えて弾指、辟除を教えるが、弾指がならないものは全く鳴らない。
不思議とどうしても弾指がならなかった人は過去例外なく当院を去っていく事情が生じる。別に私が辞めさせたわけではない。
いくら修練してもならないのだ。
これは実に不思議だがそういう人は例外なく消えていく定めのようだ。
以後できなければはずす以外の選択はないと思っている。
このゆえに最近は私自身も護身法をことに丁寧に意識して修法に臨んでいます。