羽田談
上座部の主流は説一切有部、梵の思想はアートマンとブラフマン。
これらの思想は存在をまずあるべき対象と考える。
上座部でいえば四大元素は実有だ。
いってみればそこには宇宙観的事物の構成論がある。
大乗仏教は存在論は認識論と同じである。宇宙の構成論ではない。
宇宙の存在などはザックリ「無」と切って捨てる。要は外にはないのだ。
唯識論最大の論点は「では一体誰がそれを見ているのか」だ。
仏教の論理学は面白いがはじめから解けないパズルの様なものだ。
不要とは言わないがこれに精通したところでも悟れるわけではない。
言辞の相寂滅せりだ。
太平洋戦争の末期、アメリカは原子爆弾の実験をぎりぎりまでためらった。理由は核融合は大気にも及び、地球全体が火の玉になるという仮説があったからだ。
だが実際はそうはならなかった。理屈と現実は別だ。