「こんなに善い行いことしてきたのに人生に見返りがない!酷い目にばかり合わされる。」と嘆く人がいます。
善因善果・悪因悪果などないのでは?
気持ちはわかりますが因果というものは、その結果を得るのはいつということはないものです。
「積善の家に余慶あり」と言い代を重ねて受けることもある。
自分が受けると限らず、子孫のためにと想い、徳行、善行を行うからこそそうなるのです。
なにをしようが人生にご褒美などないと知れば清々しく生きられる。
それこそが人生のご褒美です。
はっきり申し上げてあなたがどれだけ積善に励んでも自分の代に善果があるとは限りませんし、あるいは我々は過去世においてどんな業を積んできたかは誰もわかりませんから、せっせと善行を行ってもカルマの穴埋め作業にあてられていることもあるのでしょう。
それは誰にも分らない。
だから善行は善行を行う以外に目的はない。
自分のいかなるものかを表すために行う善行でありたい。
むしろしたことに執着せず、記憶もせずに淡々と自然の行いにならねばいけないと思う。
それをまことの善なる人というべきでしょう。
「何を期待しているのか?そんなご褒美みたいなものなどは一切ないぞ。」
徳薄き身なればそう思うことを精進の拠り所としております。
「人生にご褒美などない」と知ることこそ真の精進、まことの善行を養う心と思います。