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霊能はトッピング

人生で霊感者とか霊能者と自称する人と多くあってきた。

本物だと思う人もいたし、そうでない者もいた。

本物でもはずすことはある。はずししたからインチキともいえない。

人である以上そう大した違いはないと思う。

 

私の思う正しい霊能者とは自分の霊能でうまく生きていける人です。

能というのはあたうの意味。できる。活用するの意味。

チャンと活用している人こそ霊能というにふさわしい。

人の正邪を見抜き、話の真否を知る。

そういうことができてこそだと思う。

それができるにはまず一にも二にも下地となる人としての礼節や教養がものをいう。

 

これがないものはお話にならないがそういうのがまた少なくない。

霊能というのはトッピングのようなものだ。

だから人品優れた人の霊感のみ信じることにしている。

 

去年会った石鎚本教の先生、素晴らしい宗教者だった。八十超えられて私よりはるかにアクティブ。

深い魅力があるのだろう。若い人も沢山いた。

祈願者であるが二日間ご一緒したが霊能の話はすこしもしない。

 

こちらから「先生は霊感とかいったことのお話しは全くなさらないけど、ご自分はお持ちでしょう?」と言ってみた。

そしたらニコッとされて「・・・それが全然なかったら、やってられんですわね。この仕事は。」とおっしゃった。

 

聞くも愚かだった。そういうものだ。

 

やたら見える。聞こえる。霊に襲われる。などは霊能者ではなく霊障者か、精神病です。

私はそういうことを自分で言い立てる奴は本物じゃないと決めている。

たとえ霊的ではあっても役に立つどころか苦しめられている。

そんな状況では霊能者と言えない。

少なくとも使い物にはならない。

 

 

 




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