「今のものは壇に上がって拝む事しか修行じゃないとおもっている」
これは師匠の嘆きの言葉だが、当時、他の阿闍梨さんからもしばしば出た言葉。
特に拝む人からはよく聞いた。
だから昔は加行など容易にさせない。
私が加行した当時は三井寺では得度して間もないものが加行したいというと「あなたはまだまだ早い」と叱られた時代だった。
そう言うことも大事だと思う。
やるべきことやって、参上の上、正式に頼まなければ何年でもほうっておかれるのは当然だった。
遠方なので電話で頼むなど全然相手にされなかった。
師匠は比叡山根本中堂の係をしていた時、冬季には参道の雪かきに専念したという。
参拝者のためでもあり、本尊様のおんためでもある。
「そういうことの積み重ねが本当に行を養うのだけどね・・・」とよく怠けものの私をたしなめられた。
「千座の行をするの、何日の断食をするのと言ってもそういうことだけが行だと思っているものは培われるものが違う。」とも言われた。
そう思う。