祈祷の道では全く予期しないことも起こる
ある精神疾患の人。錯乱して親兄弟に暴力を振るう。
深夜でも近隣にきこえるような大声で罵りやまない。
特に父親に恨みがあるのか毎度、暴力を振るう。
何度も警察沙汰になったのだそうだ。
20代のころに依頼を受けたが私の力では難しいと思い最初断ったが、夜中に電話が来て「助けて‼家族がほうぼう噛みつかれているんです!」という尋常ではない話だったので致し方なく金縛りをかけた。
その後大人しくなったが1週間の間、まったく口をきかなかったそうだ。
「普段から悪口雑言を言い立てて止まないのに・・・しゃべれなくなったみたいだ」といって依頼者は驚いていた。
その話を聞いて術をかけた私の方が驚いた。
こういうのは私の術よりも仲介の守護霊の働きだ。やろうとしてできるもんじゃない。
その後も拝むと錯乱は収まるが根本治癒はなかなかできない。
家族も熱心に寺に足を運び、長年お祈りしたせいか、当の病人はだんだん正気になってきた。
そうしたら、何とある日、急に自殺してしまわれた。
彼は正気になるにつれ、こんな形で人生半ばまで来て、このまま生きていても明日がないのでは・・・と思い始めたのだろう。
それまではしばしば死んでやる!と大声で罵ったが、その時はメールで「自分が死んでもどうか皆すえながく仲良く健康でやってくれ」と言って来たそうだ。
皆、「また変なこと言っている」と本気にせずにはいたが、いつもと違うので何か妙で気味悪かったそうだ。
そういう経験があるという話を門下のある人に話したらかなりショックだったようだ。
いままででその話が一番ショックだと言っていた。
その人は祈願頼まれたが、他の仕事で忙しくてしないうち、にわかにその依頼者が死んでしまい、「ああ、この仕事は片手間ですることではないのだな・・・」という私の言葉の意味が分かったと言っていたが・・・
そこでこの話をしたらそういう反応だった。
「まあ、どんなに一生懸命やっていてもそういうことはある。
それと似たようなことも起こる。
それはいたしかたない。
私自身は心底拝んだのでこういう結果は残念ではあるが、だが後悔の念も自責の念も一切ない。
そういうことはあるのだと思う。
そこは割り切って理解しなければならない。
そう言う覚悟のもとで歩んでいるきたし、これからもそうだ。
この道は仏の道だが同時に人の業の織り成す冥府魔道をゆく道だから・・・」といっておいた。
傍らに祈願などするなら、方除けとか、星回りなどに限定して祈るなら無難だ。