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家という集合無意識

「家」というのがよくわからない。

時代劇など見ていても「お家の為」というセリフがよく出るが、家イコール君主でないないのだ。

ゆえに「家」のために腹切る君主もいる。

そこが日本の「家」の最大の不思議だろう。

 

家とは思うにある家系を中心にした人々の集合無意識だ。

それはしばしば家の始祖に象徴されるが始祖への個人崇敬に終わるものではない。

それは象徴であって家そのものではない。

一般の家でいえばご先祖様だ。

日本の強さはこの御先祖様にあった。

例えば大名家なら大名家につ明ける家老、家臣、平侍、下男、中限、女中に至るまで含めて家なのだ。しかもその家系も含めてそうなる。

日本の霊的バックアップの強さはそこにあったと思う。

その「家」も今や失われようとしている。

家を失うには夫婦別姓は最大の秘策だ。

日本という家の「柱」は皇室だがそれもどうなるか・・・

占領軍は皇室を廃さなかった。昭和天皇も処刑しなかった。

だから戦後の日本人も強かった。

だが、そういう戦後は終わる。日本という家もおわる。

霊的バックボーンを失っていよいよ民族としての幕引きかもしれない。

 




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