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聖天信仰しても一向にご利益がないわけ

聖天さま祈っても一向、解決しない、よくならないという方はいっぺんふりかえってみるべきことがある。

それは貴方があげているお経やご真言が届いていないという可能性です。

世の中には常随魔・毘奈夜伽というものがある。

このものたちがとってしまう。

彼らは悪念にのってやってくる。

貪 瞋 痴の三毒熾盛のもの。

嫉妬、妬み、呪詛、強欲、傲慢、頑なな思い込み、初めからご利益もらったら信仰をやめようという愚かな下心、などは彼らを呼び寄せる。

功徳は皆とられてしまう。

彼らは頂行大将などの四部の毘奈夜伽王をいただく大軍団だ。

頂行大将は瑜祇経でも悪魔の筆頭としてその名が出てくる。

ほかにも九千八百の魔王が所属する。ただの魔ではない魔王だから配下は無数だ。

障礙をなすの聖天尊ではなく毘奈夜伽だ。

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聖天信仰は一生ものというのこのような失敗しても立ち戻れるためでもある。

 

荒神経にある「我が眷属はチリの如く芥子の如くに散乱する」というのも同じだ。

三宝荒神の眷属・八大荒神とは難だろう?名前はどこにも書いていないし、長く疑問だったが霊狐さんにいわすと

「八大荒神か。それは蘇縛呼童子経にある八部毘奈夜伽のことだろう。さらに言うなら人間の六識、末那識、阿頼耶識いずれも悪に染まれば八大荒神だ。故にかの書に荒神ほかになし、自身荒神なりとるのをお前は知っているだろうが・・・」という。

 

始めからそういう気持ちであれば感応が一向にないこともあるし、聖天さまでコツコツ大きくなった商売もしまいにダメになるのはこのパターン。

傲慢になるからだ。

「なぁに、ほぼほぼ、俺の才覚だよ。自分ってすごいよね」と鼻高々に思いあがるからだ。

勿論才覚も工夫もなくしてはいかなる成功も、望めないだろうが聖天さまを忘れる。

荒れ補d手を合わしていた心はなくなる。

天尊は饒舌な神でhない。なにもいわないがそう言う人を恐ろしい目で見る。

すっと手を引いてしまわれる。後は毘奈夜伽が引き受ける。

すべての歯車が狂いだす

 

以前この話をしたら「聖天様は何故そんなものを周囲に放っておくのか?」と聞いた人があった。

答えは明白で必要だからだ。

聖天様は無条件になんでも叶える願望実現機械でもないし、我々に奉仕するランプの魔神などではない。

破邪顕正。考え方を是正するのにはこういう手段も取る。

つまりあえてそうしてあるのだと思う。

常随魔も逆縁の導き手、仏道の先達だ。

 

 

 

 




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