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イスラム教の大きな問題 棄教の自由

アラブ系の移民が増えてきている。

髪の毛を覆った女性も多く見るようになった。

彼らの多くはイスラム教信者。

 

イスラム教は棄教できない。

※ちなみにクルド人独自のヤジュール教は異民族の入信は不可。

つまり絶対やめてはいけないそうだ。

日本に来るイスラム教徒自身はもともとそういう家に生まれ散るから構わないかもしれないが、日本でうっかりイスラームになってしまったならどうするのか?

 

そこは日本の宗教と同列に想っていたら絶対にいけないのだ。

日本でいかなる宗教に入ってもやめる自由は保証されている。

例えば私はイスラム教徒になるのと、今、問題の「統一教会」に入るのでは後者の方がマシだと思っている。

だめだとなったらまだやめる自由があるからだ。

 

日本人は初もうでは神社 結婚式はキリスト教会、死んだら仏式で葬式という世界でもまれなる宗教らしい宗教のない民族だ。新宗教にも入っていながらそいうする人も多い。お気楽極楽な宗教意識の国だ。

まあ、それが現実の今の日本教なのかもしれない。

 

そういう民族が軽々にイスラム教徒になってみました!なんてことはしてはいけない。

信教の自由を言う日本国憲法と真っ向から対立する。

日本ではやめてはいけない宗教などないからだ。

信教の自由に抵触する。

私のところもやめる時に理由など聞かない。望めば「やめたいんです」「はい、わかりました」で即退会だ。

「いままでのお礼に行きたいんです」というのもお断りだ。

「信仰を捨てるのに何のお礼だ。バカバカしい。」

やめるなら縁はしっかり切る。

その意味で滅罪寺院の「離壇料」も絶対おかしいと思っている。

宗教が貰うのはお布施だろう。そこに所属する意味を感じないからやめるのだ。

やめるのにお布施など必要ない。

 

 

かって日本の東京都下でコーランが燃やされていたので大事件になった事件もあった。

イスラム教では人間の命より神の教えの方が大事だからだ。

これがお経や聖書が燃やされてもさほどにはどうということはない。

だからイスラムの国では神の教えに反する理由で死刑になる人も少なくない。

そこをうやむやにはできないのだ。

 

火葬できない問題。

豚肉や酒類などの食物の禁忌。

どんな忙しくても日に幾度かのメッカへの礼拝は欠かせない。

 

空港に礼拝所があるだけでも特別扱いだ。

それはいいがこれ以上世の中をイスラムに合わせるのは絶対無理が出るだろう。

どうするのか?

日本は信教の自由が保障されているのだからイスラム式の施設やあり方も可能な範囲ならいいが棄教できる国として認識してもらいたい。

隣国の中国ではモスク様式の礼拝施設は使用、建設ともに廃止となった。そこは国是が優先されるのだろう。

結論として日本も日本としての国の独自性を主張すべきだ。

できないことはできない。宗教をやめるのは自由だ。妨げられない。

若し妨げて良いなら数々の宗教問題も罪に問えない

それが嫌なら来るな!でよい。

政府はそんなことは少しも考えていないだろうね。

宗教的無智の権化の様なもんだから。

 

移民を積極的に受け入れるとはその文化や宗教をもうけいれることだ。

そうする義務がとわれよう。

だから積極策には反対だ。

 

 




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