困った人からおりいって相談を受ければなんとかしてあげたいと思うものですね。
よほど嫌いな人でもない限りは。
でも気負ってそういう考えを持つとうまくいきません。
ハッキリ言って人間としての力は及ばない。
実際は何にもできないに近い。それは当たり前です。
人の課題ですから。
でも、世の中には運の流れというものがある。
それを見つけてのせてあげればよい。
「アンタこれに乗っていきなさい」と言って載せてあげる。
どうやって?
運の流れの乗り方はまずイメージでこの運の流れに乗れば大丈夫というような海流の様なを見つけます。
見つけると言ったって勿論イメージだから、見つけるというのもイメージです。
あると仮定するんですね。
そのとき他にもいろいろ流れていると思ったほうがいい。
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それで解決方向に流れている方にこの人は乗った!とイメージする。
それだけです。
自分なら自分は乗ったと思えばいい。
「もう乗ったのだから多分大丈夫」と思うことが大事です。
大事なのは「多分」です。
「絶対」は無理上がるから思わないほうがいい。
これは一種の未来想定です。
「あほくさ!そんなことで…どうなるもんでもないだろう」という方もいますよね。
もちろんどうにもならないこともありますね。
その時はこの未来想定はうまくできません。
私的にはそういうものな死に忠雄ッ和したりするだけは無駄だと思っている。
諏訪の勘文というのがあります。
「業尽有情 雖放不生」
「業のつきた生き物は放してあげても生き残らない。」という意味。
人間だってまず良い流れに乗らねばあれこれ手を尽くしてもうまくはいかないものです。
私が方位や時期を選ぶというのもそういう良い流れに載せる一環です。
「悪い流れに乗ったまま助けて」とというのは難しいね。