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そんなもんないでしょ

50代のころ気功を習ってきた自然身法の創立者・出口衆太郎先生の恩師、0老師にお会いした時のはなしだ。

0老師は朝鮮で生まれたが戦後、若くして元大陸浪人風の人に伴われ大峰の山中に住まい武術を修練して生来の虚弱に付きまとう四百四病の病魔を一掃した方だ。

 

 

まるで鶴賀仙人に伴われ熊野の山で修行したという浜口熊嶽のようなお話だ。

その武芸者はほかにも心術のようなものをしっかり老師に教えた。

若き頃の老師は全国行脚の文字通りの雲水であった。

禅の傑僧、「剣と禅」を著された大森曹玄老師のお弟子でもある。

「籍はこの寺においてやる。あとは好きに行け」と大森師からいわれたという。

 

その日は0老師の練習を終わって歓談となった。

「羽田さん、何か聞いてみたら?」と出口先生のお勧めで池袋の喫茶店で老師の対面に座らせていただいた。

普通にはありえない人生を送り、及びもつかぬ修行をしてきた老師のことだ。

私は大いに期待した。

私は唐突に「先生からご覧になった人間の幸せとは何だと思われますか?」

と聞いた。

 

すると「そんなもんないでしょ」という答えが返ってきた。

 

此れには驚いたが、聞いた瞬間に積年の迷いが吹っ飛んだ思いであった。

アタマからバケツで冷水をかけられた思いとはこのことだ。

瞬間「ウワッ‼」と思った。

 

老師はさらに「あんた、今ここでこうやって拳法の練習してお茶飲んで座っている。生きている。それ以外何が必要ですか?」

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長年、見たこともなく、本当はいもしない青い鳥「しあわせ」を籠をもって、あちらかこちらかと森を探し回る愚かさに初めて気が付いた瞬間だった。

更に愚かなことはそれまではその青い鳥を捕まえて「人間のしあわせとはこれです」ということをしようとしている大きな愚行を犯していたのだ。

今思えばそういうことを宗教者の使命と思い違いしていたのでもあった。

なんと愚かで傲慢だったのだろう。けだし傲慢は必ず愚かとペアだ。

 

老師の「そんなもんないでしょ」の言葉は私の人生観を一変させた瞬間だった。

 

いまを生きる。

今の中に全てある。

ほかには何ものもない。

 




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