所謂 引き寄せだの願望実現のセミナーはとっても多い。
だがそういうのも豊かな社会の基盤の上に立っているからだ。
だから一応は日本の社会が安定していて豊かであるわけだ。
もちろん、そういうセミナーも別に悪くない。結構なことである。
だが、例えば、ガザやウクライナの戦場になった瓦礫の市街で何ができよう。
そんなところで引き寄せも願望も減ったくれもない。
あるのは祈りだけだ。
それはもう知や理の領域でなく人の本能の領域だからだと思う。
最後に残るのは祈りだ。
他は何も残るまい。
だからどんなに酷いことになっても、どんな地域であっても宗教はなくならないのだ。
例えば、日本の国内で事業に失敗した。破産した。全てを失ってしまった。
神もいない、仏もいないと思う人もいるだろう。
それでも基本、電気はついている。水道の水は飲める。家で眠れる。
だが、もうそれすらもできないところにも残る祈りがあるのだ。
人は極限でも、特に信じる宗教がなくても祈りは忘れることはできない。
同時に祈りの力は知や理の力ではない。
いうなれば人間の魂の叫びだ。