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霊狐、先祖を語る

先祖と言ってもいつまでも先祖が輪廻転生しないわけではないだろう。

では「先祖を供養する」とはどういうことなのだろう…と思っていたら霊狐さんから

 

「近くはそのものの霊ということになろうが、先祖供養はなくなった先祖が雲の上から供養を受け取るというものではない。

実際の先祖がいつまでも、何百年もあの世にいるわけではない。

遠き先祖は先祖という識なのだ」

 

つまり言うところのそういう集合無意識体という意味なのだろう。

 

「では先祖の実態はないのですか?」

 

「先祖という識は先祖がいたからこそできる識だ。それは先祖の徳でもある。それが実体と言えばそうだ。

たとえ先祖は輪廻転生しても現世の子孫は「先祖」にはつながっている。輪廻してまたその識に戻ってくるものもいる。」

 

「大昔のご先祖のお姿とか霊視する人もいますが?」

 

「それは識を感じ取って視覚化したのだろう。識であるから心があり、ときに人の姿でしゃべりもする。だが多くの場合、それがそのままいにいしへの故人の霊そのものではないのだ。 

大きな識を背景にする者は後ろ盾が強い。だから氏というのは霊系なのだ。例えば養子や嫁に行って氏が変われば、替わってそこの氏の加護や徳を受ける。

また、先祖が神であるものはその識が強い。名家というのは多くそういう家だ。

逆に絶家や廃家になると識も機能しなくなり、やがて消えていく。」

 

そういえば徳川家康などは神になっている。

家康を東照大権現とした天海大僧正の編み出した「山王一実神道」は簡単に言えば従来の山王神道と異なり、人が神になるメソッドである。

いわば徳川家のための神道だ。

天海さんは先祖の仕組みを熟知していたのだろう。

 

これにより徳川将軍家は260年の長きを得たのであろうと思った。

東照大権現は常に徳川将軍家のバックにあった強い習合無意識だ。

 

 




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