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想念を運ぶもの その2

想念を運ぶもの。背後霊と言おうか 守護霊というか、守り神というか・・・

仏教的に言えば護法、そういうものが背後になければ祈願はきかない。

別に霊能者になる必要は全くないが、背後がなくては祈祷にならぬ。

どんなに熱心に拝もうが・・・である。

 

秘法だろうが何だろうが教えても全く効かない。

自己満足で終わりだ。

私が法を伝授する時はそこはもうあるものと考えて伝えている。

だからどう見てもなさそうな人には伝えない。

先行き背後がつかなさそうな人も同じだ。

密教はそれがない人には伝えられない。

こればかりは恋愛のようなもんで、縁のない人は全くない人もあれば、簡単にそういう背後の存在に出会う人もいる。

要は拝む姿勢に依るのだと思う。

人の祈願であるのにもかかわらず、自分の立ち位置やお布施のことを考えながら拝んでいるような人ではまず無理だ。

拝む時は自分がどうこうではなく相手になり切ってみないといけないからだ。

自分にしか関心がむかないようなものには不可能だ。

これはスピリチュアルでオーラが強いとか、霊的パワーがあるとか、霊格が高いとか、前世がどうとか言われたなどということは一切関係ない。

他人に言われることなどは全て畳水練の域だ。実際役に立つか立たぬかしかない。




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