密教を修行すれば最初に授かるのが護身法だ。
在家でも熱心ならば授かれる道場もあるにある。
そういう機会を待つことだ。機が熟せずして法とは出会えない。
そういうものだ。
護身法は浄三業 三部昧耶 被甲護身の五つの印と真言からなる。
簡単ではあるが密教の全てがここに集約されていると言ってよい。
簡単に言えば浄三業で身口意を浄め、三部の諸尊になっていく。
三昧耶は等しいという意味だ。一切の仏陀
一切の菩薩 一切の明王と等しく 要するに曼荼羅と同じくなる。
密教の信仰は曼荼羅信仰
皆等しくつながっている。
大日と観音は等しい。不動と地蔵も等しい。
私と大日も等しい。私といづれの御仏とも等しい。
それが曼荼羅だ。遊離していないということ。
分かちがたい秘密世界の認識。
護身法をして普印を結び、本尊の真言を唱え、真言を念誦し、法楽として心経を読み、亦、三部、被甲を結ぶ。
それだけでも立派な行法だ。熟達するよう務めるべきだ。
これで三昧に入れないなら複雑な行法をするのは無理と思う。