物事を「諦めてはいけない」とよくいうが・・・
諦めは時に諦観と言ってとても大事なことと思う。
何かにつけ諦めてはいけないとだけ思っていると執着が強く、我意の募った幼稚な人間に堕することもある。
諦めるべき諦めることは滞れる心の風通しを良くする。
諦めてみて初めてその眼に見えてくる光景がある。
それが次の生き方の大きなヒントになることすらもあるものだ。
「だだっこ」のように「どこまでも諦めないのが意思が強い人間なのだ。それ以外はダメだ。」などと頑張って、勘違いを先に立てないことが、ひとの良き成長を生むのではるまいか。

家康公遺訓
「心に望み事おこらば困窮したる時を思い起こすべし」
それ本当に必要なのだろうか・・・・もう少し考えてみても遅くない。