羽田談
健康長寿を願うのは人の常ではある。
死にたい事情でもないなら願わぬ者はいまい。
但し、自ずから人の命には定めもありそれは不定だ。
家屋建て替えの時期を見てもらいたいという方に家族全員の生年月日を見せていただき、「今年は同居されているおばあさまの健康に良くないですね。来年にずらしたほうがいい。」と言ったことがある。
その後はしばらく何も言ってこなかったが、一年以上たって「母が病を得ていわれたような状況になりまして・・・もう医者が言うには今週もつかもたないかですので是非ご祈祷をお願いしたいのです!」と言ってこられた。
聞けばやはり建て替えは強行したとのことだった。
おばあさまはもう80代後半のお方だ。
「神仏とはいえ祈ったら必ず生きながらえるかといえばそういうものではない。人には寿命もあります。もうこのうえは念仏でもお唱えして見送ってさしあげたほうがよいと思います。」と申し上げた。
「でも・・・私が建て替えをを強行したのでこういうことになってしまったのだと思う。」と苦しそうおっしゃるので、「いいえ、きっかけはそうでも原因ではないかもしれない。それも寿命のうちです。後は見守ってください。」と申し上げた。
そこまで話して納得されたようであった。
この態度は冷たいと思うだろうか?そう言う人もあるだろう。
人はどう思うかは知らないが、今後とも同じケースに遭えば私は同じように言うだろう。