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神仏のカジ取り

信仰をするなら、もう神仏を願望実現機械みたいに思うのはよしなさい。

思うところから離れてしまっても神仏にカジ取りを任せなさい。

思うこと叶わずともそのほうが結果はよいのだと思うことだ。

世の中にはあんなに絶対に実現したいと思っていたことも、いざ叶ってみれば思うのと実際では大違いなこともある。

 

 

 

 

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昔、精進堅固だが貧しい天台僧が山王権現を信仰していたがいかに熱心に祈ろうとも一向に経済は回らなかった。

それでついに僧は山王権現から財福の神という稲荷明神に信仰を変える事した。

 

稲荷社に参ったその晩にはたして稲荷明神が夢に出て「よく参ったな。そのほうに福を与えるぞよ」といわれた。

僧は驚喜したが、その時「あいや、待たれよ、稲荷殿、その者に福を与えてはなりませんぞ。」という声。

振り返れば山王権現であった。

「その僧に今、福を与えれば、財に心奪われ学問も修行もダメになる定めなのです。」という。

この夢を見てそうは大いに悟り、アッパレ名僧碩学となったと言う。

 

例えば、結婚したい したい と熱望してもその結果、シングルマザーになって苦労したり、亭主の酒や浮気にないたりする人も少なくはない。

占術をしていると思うが残念だがそういう運命もあると思う。

なにが災いするか、幸いするかはわからない。

何を望んでもいいと思うが舵は任せるにしかず。

 




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