アドラー心理学では「他人の課題」という言葉がある。
当人が解決すべきことというものだ。
私の良く言う「私の知ったことではない」というのもほぼ同じ意味だ。
其れじゃ宗教的救いではないだろうというが、それは本人が自助努力するまでのこと。
本人がやる気のまるでないことは私がどうこうするのはまちがいだ。
自分のすべきことは自分でしていただく。
譬え代わりになにごとかをしたところで、そんなことは一時しのぎにしかならない。
そんなことで人を助けるだなどとはいえたものではない。
それは自己満足だといわれてもいたしかたない。
依存することしか考えぬ人には宗教は毒にしかならないのだ。