刑罰に尊属殺ということがなくなった。
親を殺しても他人を殺しても同じだ。
世の中には酷い鬼の様な親もいるのでそれも まあ仕方ないが。それにしても最近は多い。
尊属殺を復活しろとはいわない。
しても今の世の中、同じ結果だろう。子供殺しだって多いのだ。
今に親子関係解消の法律もできるかもしれない。
そうやってすべてを自分の気に入る方向へもっていって果たして日本人はどこにいくのだろう。
ここには日本人の民族としての根絶への道があらわれているとみている。
「国賊・日教組」がことごに「孝」を否定してきた毒が回り切った結果だ。
私は日教組に対しては憎悪の念はあっても一かけらのリスペクトもない。
「孝」は百善の基という。
今はどうだか知らないが昔の日教組は日本赤化の先兵だったことは間違いない。
仁 義 礼 智 忠 信 孝 悌
いずれの徳も死んだ日本。学校ではこのひとつさえも教えない・
もうなんの徳も理念も理想ものない国に成り下がった。
滝沢馬琴はこれを宣揚したいために、生涯をかけて日本最長の小説「八犬伝」を書いたという。
だが、滝沢馬琴は何が何でも親が大事なのだとはいってはいない。
親子関係というのは昔から複雑なのだろう。
話の中に化け猫にのりうつられた親を討ち果たす剣士の場面もあるから、当時からいろいろな親がいたのだろうが・・・
思うに「孝」は親が立派であるか否かは関係ないのだ。
自己を犠牲にせず、できる範囲での「孝」の考えは未zからの徳を養ううえで大事だと思う。
命という最大級のギフトは親抜きにはあり得ない。
「親は親だ」という思想は大事だと思う。