『一枝の草、一握りの土でも持ち寄って造立に協力したいという人がいれば、共に造ろう』に日本全国の民に声をかけてはじまった、聖武天皇様発願の大仏の建立。
仏の前には庶民も朝廷も皆等しく手を合わす。
八幡神はじめ日本の神神さえもこぞって大仏の建立を讃えて喜んだという。
仏の前にはすべて平等。
この考えが西洋にはなかった。
王権神授説。キリストの権威にたてつくものは悉く国家権力の敵とされた。
即ち同時に神の敵。悪魔のしもべだ。
王はそのままの天地を支配する創造主の権威であった。
魔女狩り、異端狩り。
今NHKで放映中のアニメ「チ」 天動説に気が付いた人々への苛烈な弾圧の物語。
ちなみにこのアニメは暗闇を闇のままに描く独自のアニメ手法が注目されている。
いままでにはないやりかただ。
こういう背景を持つ中世以来のキリスト教が日本に来れば幕府も朝廷も皆、最終的に西洋の国王の下になくては存在は許されない帰結を見る。
まだ織田信長のころはそれが見えていない。
悲しいことであるが、戦国がようやく終わった江戸時代に激しく弾圧されたのも無理からぬことだと思う。
私が幕府の要人であっても勿論禁教に賛成し断行するだろう。
日本を守らねばならない。
キリスト教は行く先々で既存の信仰を滅ぼした数限りなき実績があるのだ。
ゆえに「島原のキリシタン一揆」など放っておけば、やがては全国規模の大乱にもなりかねない。
そしてそれはキリシタン信徒たちの思惑とは別にして西洋国家の侵略の思うツボだろう。