思うに木喰上人の言う「福徳」とは金満家になるということではないと思う。
何せ本人がそば粉くらいしか口にしない生活をしている。
食を貪らなければほかの欲もおのずと恬淡になると思う。
本来無一物・天地の間に生かされてあることを思えば福徳自在なのだろう。
雨風過ごす庵も、食物も衣類もすべて天地からの借りものだ。
天地に生かされてあることの実感は何も持たぬ生活をしてこそ初めてわかる。
例えば徒歩で行く四国遍路などはわずかだがその経験がつめる。
乏しい路銀で前に進める体験は大きい。
木喰の心は俗世にまみれた私などがとうてい及ばぬ境涯だがそうではないかと思う。
だがカネをかき集めるようなこころで生きていては生涯わからないとは思う。