羽田談
神も仏もない。そう言う人もいる。
戦争も疫病も貧困もなくならないじゃないか?
声をからして呼んでも答えはない。
おっしゃるとおりだ。
そういう安易な救済者としては「阿弥陀と釈迦とは昼寝なるけり」だ。
こちらからのアプローチ無くして救済者とは出会えない。
そのアプローチを行といい信心という。
彌陀も釈迦もおのがうちに求めなければ、そとにはいない。
外にはどこまで行っても漠々たる宇宙があるのみ。
彌陀を信じ釈迦を信じることは自らの信仰を信じることに他ならない。
つまり自らの信仰が確かであるという確信だ。
600歳の寿命と「神通光明 明満仙人」と号せよというのも内なる阿弥陀だ。
彼はついに阿弥陀に遭えたのだ。
九十歳を得て。すごいね。これぞ、三昧発徳というものだ。