聖天様のお声を聞いたという篤信者はときどきある。
霊感とかでなく、なんかの危機の警告としてお告げ的に聴く人が多い。
聞くのでなく聞こえたという体験である。
その声は概して男性であり、幾分乱暴だったりする。
一人称が「俺」だったりもする。
主に女天はおしゃべりするというのは聞かない。
そういう話は大井聖天堂刊行の「大聖歓喜天利生起」にもある。
神様が「俺」というの阿保かしいと思うがやはりお告げでがけ崩れに合わないで済んだというお話がある。
昔から有名な話では聖天様と小僧がお供えの酒を掛けて小僧が勝って、その酒を飲んだという「負けたの聖天」の話がある。
和尚が「さては盗み酒したな!」と思い小僧を厳しく叱ると、内陣の奥から声がして「俺が負けたのだ。俺が負けたのだ。」と仲裁に入ったという。
多分和尚にのみ聞こえたことだろう。
経験上、作り話ではないと思う。

うちの信徒さんもある難問題が発生して悩んでいたら夢の中で、日頃お参りする諸尊もいならび困り抜く中、一人天尊が大根をかじりながら「俺が助けてやろう!」という夢を見て、実際助かった例がある。
西陣聖天の谷田真幸住職もよくお声を聞くという行者さんだ。
あるお寺の騒動を少し助けようとしたら「やめておけ」
結果は助けなくてつくづくよかったというようなものだった。
ある伝授に行こうか考えていたら「そんなものはいくな」
案の定その伝授会の評判は聞くところよくなかったようだ。
「もう、これ以上仏像は買うなよ」とかもいわれるという。
聖天尊は不思議だ。
私も何回かはあるが加持感応の一現象であり、霊能者の言うように常にお声が聞こえるとか、お告げを頂くとかは全然ない。
毎週のように休日手伝いに来るお弟子さんに「もうよい、家のことをさせよ。毎度来させてはならぬ!」というのもあった。
うちの聖天様は言葉より雰囲気で忖度させることが圧倒的に多い。
自然と聖天様の心は・・・と常に探っている。
行者は気難しい王様の側近の様なものだ。
面白く思ったのは私の経験では男女二尊がともにしゃべるので、ちょうどアニメドラマ・マジンガーzの「あしゅら男爵」のように聞こえたこともある。