むかし、豊川稲荷に参拝に通っていたが、たまたま縁を得た人から豊川稲荷は荼吉尼天というのは狐の妖怪で「人喰い鬼」だから拝んじゃダメと言われて、その人の信じる別な宗教に連れて行かれたという方からの質問があった。
その宗教はなんだかお金はかかるわ。布教して知人を連れてこいわでそれはそれで大変なうえ、豊川さまを信仰していたころの方がずっと状況がよかったと思うので、やはり豊川稲荷の信仰に戻りたいが、果たして本当に人喰い鬼なのかという質問。
そのひとによると大日経ではダキニ天が人喰い鬼だと書いてあるという。
これは正確には「大日経」じゃなく「大日経疏」という解説書のほうにでてくる話だと思う。
荼枳尼天は確かに人を取り殺してその肉を食らう鬼だった。
だが同疏には釈尊が降三世の法門によって大忿怒の摩訶伽羅天と変じてこれを調伏し仏教に帰依させたという由来譚である。
此の「降三世の法門」というのは降三世明王を思うが、三界の主シヴァを調伏する三昧のこと。
誤解されていることが多いがここで言う三界は仏教の欲界、色界、無色界ではなく、地と空と天(神界)である。(無色界に天部はいない)
その三界の主はシヴァとされる。
摩訶伽羅はもともとシヴァの化身だから変なもんだが、インドの古典的な宗教ではその尊格から生まれ出てきた新しい尊格が旧い尊格を打ち倒すという構図は一般的なものだ。
ダキニも大黒天女、カーリーの眷属だから対するに降三世の法門がふさわしい。
その話はこれを言うのだろう。
だが、こういうのを一知半解の「バカ」という。
確かに人喰い鬼だったが、趣旨はダキニが善神になったという話が書いてあるのだ。
それを言うなら鬼子母神も聖天も同じようなものだ。
「本当の人喰い鬼はむしろあなたがつれて行かれた妙な新宗教だろう。生気を吸われてお金も考える力もなくなるよ。豊川さまは善神だから安心して信仰に戻ったらいい。」といっておいた。