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「守護師迹」 観音のみ跡を慕う

密教行法を修行すれば「貪り」「瞋り」「愚痴」の三毒がなくなっていくのか?

お経や真言を読み座禅すればなくなるか。

 

なくならない。

まず自らを律することなくしていかなる修行も意味をなさない。

修行という方法論にのみ頼る。

そういう考えを邪見の一つ「戎禁取見」という。

三毒を減らすのは我々の意思と生活をただすことでしかできない。

 

観音経 (普門品)に

「若し衆生有りて、淫欲多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、便ち、欲を離るることを得ん。

若し瞋恚多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、便ち、瞋りを離るることを得ん。

若し愚痴多からんに、常に念じて観世音菩薩を恭敬せば、便ち、痴を離るることを得ん。

無尽意よ、観世音菩薩は、是くの如き等の大威神力ありて、饒益する所多し。

是の故に衆生、常に応に心に念ずべし。」

 

とあるから、我々は観音さまさえ念じておけば貪瞋痴もいいようになくなると思う人もあろうが、まず修養なくしては観音の感応もない。

この想いは「観世音よ。貪瞋痴を鎮めてくれ!」ではダメなのだ。

そこに仏道の観音様を大先達として、貪瞋痴のままに行動しては大先達である観世音菩薩に申し訳ない心がなければいけない。

どこまでも救う側と救われる側ではない。

「守護師迹」という言葉がある。

観音という師のみ跡をしたい守ることこそ修行であり、正しい観音信仰だと思う。

人任せの修行はない。




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