ほとんどの人が変わりなく講員のままだが、なかには長年講員だったけど意外な人があさっさり行ったり、この人はもうやめるだろうと思っていた人が案外去らないようだったり、この暮れはやはり「さよなら」というか「分岐」の時らしい。
まあ、誰がどこに行こうがとめないのが私の方針だ。
どうあろうとご本人の自由だ。
ただし、辞めた後は一切知らない。
信仰だけが私とその方々を結んでいる糸なのだから切れればそれで関係性は終わる。
もとよりアカの他人だ。
ほかの想いなんかはなんにもないし、あってはいけないと思う。
冷たいわけでもない。
別れても、よろしく自分の選択で生きていけばそれでいいとは思う。
辞めた方でこれをどう思うかコメント求めてきた人がいるが、もうそういう立場ではないから一切コメントはできない。好きにすればいいとしかいえない。
私は人に執着しないことは晩年のテーマにしている。
実は好きでそうするわけでもない。色々反省すると嫌でもそうせざるを得ないのだ。
それが正しいのだとわかるから。
そうわかってしまえば止められない。無理は無理。
そして無駄は無駄。
実際はいろいろ晩年になるにつれ人様を頼ることが多いのが晩年だ。
助けられることは多いが、かといって執着しても仕方ない。
ただでさえ多くの人に助けられている私だ。
ふかく感謝し幸せ者だと思っている。
だが感謝はしてもそこに甘えることはいただけない。
ましてや執着すればそれが手に入るかと言えばそれも違うだろう。
人もそうだし、お金もそうだ。
これは最後のよき修行だと思う。
昔、三重の言霊神社の中西清雲刀自にあって、天部信仰は最後の最後まで天尊に頼ることが大事といわれた。
お会いするきっかけは下の「お稲荷様と霊狐の祟り」に書かれていた著者である清雲刀自の師匠・八木沢善日師晩年の失敗談。

その日に御年80歳の誕生日だった刀自は大いに語ってくださった。
中西師の師匠 八木沢師は荼吉尼天行者だったと言う。
彼は清雲師を見出し数々の術を授けた偉大な「法の長者」だったという。
でも晩年になっていよいよ彼が頼りたいのは荼吉尼天でなかった。
お金だった。
それでお金に血道をあげて天尊の加護を失った。
偉大な通力もなくなった。
天童子、地童子という眷属を使いこなし、琵琶湖からゲンゴロウ鮒をひっぱるほどのアポーツ(物品引き寄せ)もできた人だったという。
そして彼はやがていづくかに消えて行ったという。
これでわかるように行者の通力は本尊や眷属と疎通がとれてこそだ。
譬え霊能者でも自らの力など何ほどのことがあろう。
これはお金でもマンパワーでも同じだ。
断っておくがお金も絶対に必要。勿論、マンパワーも絶対に必要だ。
お金も人も無用だなどと言うのはただの阿保だ。
だが必要だが過度の執着をしてはならない。
おおいに必要だからこそ執着してはならない。
そこに二律背反の修行の命題が残る。
私は清貧などまっぴらだが、とはいえお金は人生の目的じゃない。
人もビジネスチャンスも去るは追わずだ。
行者が怖いのは本尊から離れることだ。