学生時代に白戸師匠に邂逅し祈祷行者を志すことにしたが、私は霊感もなく通力もない凡俗の徒なので「お前のようなものがどうして祈りで人を助けることなどできるというのか?人並みのことすら満足にできないのに」とことごとに父にいわれた。
父にして見れば自分の跡を継いで小さな会社を継いでもらいたかったようだ。
気がつけば業種は違うが今でも零細企業のオヤジのようなことを私はしているなと思う。
「ほかの専門家にも聞いてみろ」というので諸方の有名どころに尋ねたが、これがまただれ一人私が行者としてやっていけるとは言わなかった。(笑)
それがかえって私の反逆の心の火をつけた。生来のひねくれもので困ったものだ。
「よし死んでもやってやる‼」という気になった。
だからダメ出ししてくれた諸先生には感謝しています。
大丈夫だなどと展望が甘ければ今はないと思う。
でもそんな中で面白いことをいってくださった女性行者がいた。
法華信仰の行者で占いが中心の先生だった。
「銭洗い弁財天」の裏参道傍らに出張用の占い小屋を持っていた。
師匠から譲られたそうだ。
彼女はあなたは七面大天女を信仰せよと勧めてくれた。
七面天女は日蓮宗の守護神で密教にはない。
したがって七面様を拝んだという信仰体験はない。
だが後年、濱地天松師所蔵の宇賀神が実はどうも実は七面天女の像だったらしいことが林天朗氏の絵画でわかった。これは大森先生が指摘されて最近になって初めて気が付いた。
普通に二臂の弁天像なら持ち物は玉と剣だ。
だがこれは玉とカギで七面天女と同じ。
濱地居士の拝んでいた弁天像も写真で拝見したが同じだった。
ただ青い衣を召しておられるので、最勝王経にある「青色の野蚕衣」を着ておられるのでやはり、そこは弁天像だと思うが・・・。
したがって結局は「七面天女」をも拝んでいたのかと思う。

弁天像の話はさておき、その行者さんは「あんたはいわゆる霊感はないと思う。だが、それとは違うものがある。それは「心眼」というものだ」と話してくれた。
霊感とは違って、「心眼」はの人を見抜く知恵の目だという。
「譬えば熟練の刑事がどんなに評判の良い人間で、周囲が絶対この人がそのような悪い事は絶対にしない というのをいいや、こいつが真犯人だ!と見破る眼力みたいなもの。それが心眼。それはとても不思議であるが霊感じゃない。あんたにはそれを見抜く知恵がある。それを磨きなさい。」と彼女は例をあげてくれた。
「ふ~ん。なるほど、心眼か・・・」と思った。
爾来およばずながら、その心眼を磨くように努力精進している。
霊感とは違いこちらは磨くにやりようがある。
やりようはザックリ言えば常に人を良く見ること。その言葉も憶えておくことに尽きると思う。人相学は知らぬがまあ、体験的に会得するそんなようなものかも。
実はこれはあらゆる場で応用自在だ。
思えば、ひとかどの人はみな優れた心眼を持っているものだ。
私は私の後進にもこの「心眼」こそ養ってもらいたい。
霊感などはよほど秀逸でない限り、邪魔だからないほうがいい。
たいがいは世迷言の様なものしか言えないから霊能者は弟子にしないことにしている。
この行者さんに「ありがとうございました。相談の御礼はどのくらい差し上げたらいいでしょうか」と聞いたら
「あんた、若いからお金はないだろうけど、力あるだろ。肩もんでおくれ。それでいいよ。」といわれ一生懸命もんだ。
その一年位か、たってその小屋を尋ねたがもう小屋は閉じられ彼女はいなかった。
その後、間もなく小屋もなくなった。どこへいったのか?
まあ。60歳くらいの方だったが、今思えば銭洗い弁天の化身かなというような感じに思える。
無論ただの人であったのだろうけど。