実に悲惨で残念なことだ。
しかしながら、この問題でみな口々に学校を責めるが、果たしてそうなんだろうか?
分別のある高度な教育を受けている若者の話だろう。
知的障害者の施設かなにかで起きた事件なら話は別だが。
キーを盗んで無免許で勿論経験もないまま、乗ってはならぬ車にのる。
あってはならないのは誰が聞いてもわかる無謀なことではないのか?
学校に全く責任がないとは言わない。
でも亡くなった彼らにはまったく責任はないのか?
それは一切、口を閉ざして皆謂わない。
無論、そんなことを口にすべきでない悲惨な場面なのは分かる。
だが開口一番物申すなら学校に全ての罪を問うのはおかしい。
そう私は思う。
一番の責任は車を無免許で練習もなく動かし亡くなった生徒本人にあると思う。
次に問うべき存在は保護者だ。
何の為の保護者ということばなのだ。
学校教育は知育を中心に大勢に行う。
一対一の常識や倫理教育は保護者の責任だろう。
そこをスルーして学校に罪を問うのは絶対おかしい。
カギの管理はその次の問題だ。
そんなことを言っているから日本人はどんどんバカになるのだと思う。
オトナはいいだろう、本音と建前は違うということもある。
これを聞いた同じ年の若者はどう思う?
そんなことになったのすべて学校の責任だ?
悪いのはほかでもない学校なのだと思うのなら・・・それはゆゆしいことだと感じる。
どうしていう当たり前のことを誰も言わないのか?
生徒に何の教訓もなくていいのか。
ハッキリ言おう。
すくなくとも実際は学校よりも死亡した生徒の自己責任の方がはるかに大きい。
亡くなられたことは全く残念で気の毒であるが是は是。非は非ではないのか。
誰がどう言おうが私はここは全く考えを改める必要を認めない。
キーの管理より、未来を生きていく若者のあり方の方がはるかに大事だと思うからだ。
そして本来学校とはそういう場だろう。
たとえ目の前に亡くなったお子さんの親御さんがいらしても、聞かれれば「一番の責任はというならお子さんにあり、学校ではないと思う」と私はそう答えます。
鬼だ 蛇だ と言われても、どこのどなたにどんなに叱られてもそう思うのはそう思うとしか言えない。