今日ご相談の方から最後に講員になるには・・・?と聞かれたが
それは難しいことは別にないのですが、「よく考えた方がいいと思いますよ。
本当に必要なのかどうかね。」と申し上げました。
別にその方だけの話ではなく。ほかの誰でもそれはおんなじことを言います。
講員になってもただそれだけで御利益などあるわけない。講費が出るだけだ。
よく考えもせず衝動的に講員になって後でいい加減に辞められるのは甚だ不本意です。
当院はやったり辞めたり繰り返しはお断りしております。
辞めるのはいつでも辞められる。入講直後でも構いません。
ただ、事情にもよりますが自分の意思で辞めたらもう再入講はお断りです。
例えば私に祈って欲しいという人もいらっしゃるかもしれないけど、密教は超能力じゃないから、そこは同じ修行をおさめた行者なら誰でも大体同じだと思うのです。
後はまじめにやっているか否かでしょう。それだけだ。
Āさんが祈ってダメなのは大概Bさんが祈っても変わらないことが多い。
行者の問題じゃなく、自分の因縁の問題です。そこに気が付くのが仏教信仰の第一歩。
講員にはなるとかは主義に合わないのでその分お金をお出しします。だから祈祷してくれませんか?と言う人がいたが、人を物乞いか何かと思っているのだろうか (笑)
主義に合わないのお互い様だ。そう言う人はお引き取り願う。