仏教って人間の本質をどう考えているの?性善説?性悪説?と聞かれることがありますが、思うにどちらでもない。
仏教には「人間の本質」という考えが存在しない。
全ての存在に本質はない。
実相という働きがあるだけだ。
何をもって本質というのか?
あえてそれを言うなら「空」ということになる。
だがそれでは善悪二元論にならない。そういう大前提からしてないのだ。
だから性悪も性善の議論はなりたたない。
私は人間は動物学的にとらえています。
動物の善の淵源は仲間を守ること。群れる動物にはあること。
悪はあえてどうというのはない。強いて言えばそれに反するすべて。
仲間を守ることだって自分を守ることに繋がっている。
人間だってそうだと思う。
ゆえに自利に反する善は突き詰めればないものと思う。
経に「菩薩に自利なし」というが単純な自利はない。
だが裏を返せば全て自利だともいえる。
自利利他の境界がない。自利即利他。利他即自利だ。
この自利が煩悩だが、煩悩あればこそ善があり、悪がある。
善悪不二、煩悩即菩提、所詮は同じコインの裏と表に過ぎない。
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