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お代さんの話

お代さんは簡単に言えば依り代(霊媒)である。

霊媒という言葉は大正期以降の心霊研究で出てきた言葉だ。

 

霊媒行為というものは霊の出入りを精神上に許すので、修行のないものは精神崩壊したり、肉体的ダメージに蝕まれたりするケースが多い。

優れた憑霊の能力があっても修行が無ければ早く死ぬ人もいる。

大体肉体と霊の境界線があいまいだからできることなのだ。

体が弱い人が多いが、そう言う人はしないほうがいい。

思うに半病人で霊関係をいじるなどはやく死にたいものがすることだ。

伝統的なお代さんにはルールがある。

よく霊にのりうつられるといだけではお代でも霊能者でもない。

 

そのレベルで霊能者などと豪語してくる人もいるがちゃんちゃらおかしい。

ただの霊障だ。

お代は霊を降ろすリスクを知っている。

だから死霊などをやたら降ろすものでもない。

第一呼んでもマトモな故人の霊は縁者でなければ下りない。

やたらかかるのは浮遊霊つまり不成仏霊だ。

例えば安倍晋三さんを呼んでも聞きたいことがあっても、縁もゆかりのないものの要請では降霊しない。

恐山のイタコとは違うのだ。

イタコでも本物はそういうものだと思う。

イタコとイタコショーは違う。

東北地方ではイタコは死霊、ゴミソは神霊と決まっている。

ゴミソがお代に近い。

ゴミソは死霊は基本的には降ろさないものという。

 

なお、亡くなった縁者でも四十九日が終わらないと呼んではならない。

中陰での修業の妨げだ。

なお、お代は場(フィールド)が大事だ。神仏を前に基本的に自分の道場でするか、決められた道場でする。

伝統的には結界された場が必要で、昔の心霊番組のようにテレビのスタジオでするようなものではない。

沖縄のユタというのも沖縄でするから真価を発揮するのだと思う。

沖縄にも霊媒的な人はいるだろうが、ユタという以上は「沖縄の霊性」と結びついていないとユタと呼べない。

厳しい沖縄の人に言わせると沖縄を出た時点でもうそれはユタとは言えないという。

 

 

 




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