羽田談
大森先生はこのところ木喰上人を題材にして丸いこころということを語られておられますね。味わうべき内容だと思います。
心をつねにまどかにたもつ。
ここにすべての修行の心が秘められている。
難しいかもしれない、だが特別な宗教行法をしなくても此れだけでも必要十分と思う。
まどかな心を持ち続ける人にには布施、持戒、忍辱、精進、禅定、般若の全てが備わっていると思う。
「柔和質直なる者は即ち皆わが身(ほとけ)をみるであろう」
「釈尊ついに怒りたまわず」と法華経に言う。
お経文に言うように法華経の行者で柔和がない人はニセモノだろう。
日蓮さんも幾多の法難を受け、護身刀も携えていたというが、信者と徒党を組んで他宗を襲ったり、自らが暴力を振るわれた記録はない。幕府や他宗を激しく論難はしても呪詛などしていない。
如何に修行を積み、万巻の書を読もうとも、わずかなことにも激怒して罵倒し、自身の髪を引きちぎらんばかりの人は修行という名前の趣味に生きていただけだなのではないか。
趣味で修行しても世間は誤魔化せるかもしれない。
自分さえも誤魔化せるかもしれないが…それは自らのための何の役にも立たない。