ただ自力をすてて急ぎ浄土のさとりを開きなば、六道四生のあいだ、いずれの業苦に沈めりとも、神通方便をもってまず有縁を度すべきなり、(歎異鈔)
今の真宗の教では阿弥陀の本願がすでに成就したので、いまさら往生などしなくてもすでに極楽にあるというようですが・・・親鸞聖人の言われていることとはだいぶ違いますね。
六道四生の業苦に沈むことはあることが前提です。ここでは阿弥陀の浄土の悟りを開ければその功徳力で有縁の衆生を救えると言います。
この親鸞の言葉は理屈倒れの現代のお説法より説得力があると思う。
私は真宗の信仰はしていないからどうだっていいのいですが、本当の親鸞聖人の教えはどこに行ってしまったんだろう?