羽田談 一喜一憂せずこころを丸く保つには放下しかない。
人の一生は問題は常になくならないのだ。生きている以上それは変わらない。
そう思ってニッコリできなきゃ、こういう笑顔のできる日はこない。
ひとさまの喜びまで喜んで生きれば幸せだ。
本当の善人はひとさまの喜びや無事を喜べる人だ。
器の人だ。
他人事なのに「よかった よかった」と心底喜んでいる人は、そのときそのまんま「ほとけさま」だ。
そう言う人は多くはないかもいしれないがどんな階層にもいる。学歴も社会的身分もまったく無関係だ。
これに対して「他人の不幸は蜜の味」とばかりに嫉妬深く、他人が良くなれば不愉快でことさらに他人の失敗や不幸を喜び、ほくそ笑むのは自分の幸運にも泥をかけていく地獄行きの行為だ。こころに毒がある。
そういう瞬間を見れば「ああ、この人はいずれ地獄行きだなあ・・・」と思う。
自分の毒が廻り死んでからでなくこの世で落ちる。
みていくと実際そのようになる。
これまた、そう言う人はどんな階層にもそこそこいる。社会的身分はまったく無関係だ。