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理由がどうあれ

音信不通だった人が明日ひさしぶりにたずねてくるという。

講員の更新はとうに切れている。

外国在住の人だが極地や戦乱の地にいたわけでもない。それならまあ、致しかたなかろう。

だが国交のある文明国にいて手紙一つ出さないで放置しておいて、また講員にしてくれと言ってもそれはできない。

 

ただ今後の祈願や相談は外部の人としてはしないことはない。

 

メールが届かなかったというのだが、それならなぜその件でこちらに手紙でも問い合わさないのか。

 

外交に住んでいようが外国人だろうがちゃんとしていればそれはなんの問題もないのだ。

こういうだらしない行為はいくら仏道でも慈悲の対象外だ。

再入講してもまたどうせ同じことだろう。

 

いったん辞めた人、それも黙って音信不通の人は理由がどうあれ再入講はお断りだ。

尋ねてきたじゃないか?と言っても、自分が用があるから尋ねてくるんだろう。

用が無ければそのまま来るわけもないはずだろう。

情にはほだされない。

いったん決めたことは「どうしてか?」などはどうでもよいことなのだ。

聞かれれば理由は説明しても変えることはない。説得には一切応じない。

 

決めたことは守ることに一番、意味があるのだ。

 

結果は相談業務はお受けしましたが、再入講はキッパリお断りしました。

 

 

 




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