私は自分が霊能者などとは思わないが霊感のある人とリンクする性質がある。
そういう体験はまあけっこうある。
私は普段は霊感なんか無いのだがそう言う人と会うと呼応するのだ。
そう言う人とは初対面でもスラスラ霊の話ができる。
だから傍目に私も霊能があるかのように見える。だがそこは少し違うのだ。
![]()
逆に長らく存知しながらいてもご本人は「自分には霊感がある」というのだが全然呼応しない人がいる。
そう言う人とは霊の話はできない
いくら不思議な体験話をされても悪いけどぜんぜんピクリとも感じないから。
そこまでは口で言うことはしていないが・・・
本当はそう言う人は霊感など無いのだと私は思っている。
何かの思い違いか幻覚だ。悪くすればパラノイアだ。
ひょっとしたら霊系が全く違うのでわからないというのもあるのかも。
だとすれば最もうちに用のない人だ。自分の道をいきなさいな・
この判断はをして結果的に「これはまちがった!しくじった。」と思ったことはない。
だからいまだに採用している。
よって結果として私は相手によって霊の話する人としない人がいるわけだ。
だがそれでは失礼なので外来の霊感話のご相談はすべて公平にお断りなのだ。
そういう相談はまず相手の話を是としてはじまる。
私はそこが違う。
必ずしも相手の話をそのまま是とはしないからダメなのだ。
「それ、妄想ですよ」なんて言えば怒るだろう。長々話してお金のもらいにくい相談なんか絶対したくない。相手だって精神がおかしいとか言われて金払うの嫌だろう。
だからやらないのだ。
あの人が霊の話をしても取り合うが、別な人は「ああ、そうなんですか。」程度でスルーで終わる。
キャッチボールはしない。というよりできないのだ。
何とかそう言う話に持ち込みたいという気持ちの人もいるようだができないものはできないのだ。
しまいに癇癪おこす人もいた。「なぜ、お前は自分の霊能力を認めないのだ!」と思ってお怒りらしい。
そう言う人は本当に疲れる。
話ができる。できない。どこに違いがある?それをとても不思議に思う人もいるだろうが種を明かせば実はそういうこなのだ。
だからいつか、私の霊感が認められると思っている人が拙寺にいるとしたらそれは徒労でしかない。
その日は永遠に来ない。
ここにいてはね。
あなたを認めてくれる指導者のところへ行くべきだ。そう言う人がいるなら早くいくが良い。あなたの居場所はここではないかも。
霊的レベルでは言外に発しているメッセージはいっぱいある。
背後霊同士のやり取りもあるからだ。
言語はその一端でしかないのだ。
確認の様なものだ。