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変化観音の毒

十一面護摩供

これはかなり強烈な法です。

今朝はじめて一座炊いた龍旦師はそのあとぶっ倒れている。

一挙に相当の心的エネルギーを消耗したようだ。

観音だから優しいかと言えば、変化観音はそうではない。

密教独自の尊格には皆強烈な面がある。忿怒尊ではないけど明王的な要素が必ずある。

「降伏」の要素のない変化観音は存在しない。

それは観音の毒と言ってもよい。その毒に耐性がない内はぶっ倒れたりする。

だがその毒薬でなければ殺せないものが我々凡俗の身には潜んでいる。

毒はそれを殺し、あるいは中和して無毒化する。

だから変化観音は荒療治で来る。

普通の観音菩薩でさえ「聖観音」として祈る時は密教尊の働きを含む。

 

そもそも密教そのものがそういう毒を含むのだ。だが毒は使いようで最上無比の薬となる。

 

だから変化観音を本尊にして本気で拝むならやわなことではつとまらない。

このヤワという意味は必ずしもメンタル的に頑健とか、迫力のある人格でないとダメといった意味ではない。

そういう外見的な特徴はいらない。

ただ一種の覚悟がいる。あえて毒のむ覚悟だ。

浮いた考えは捨てて本尊にひたすら向くこころが必要だ。

 

 

 




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