密教歓喜の思想 愛に苦悩する人の救いの道
![Y90A3-240326 レア[密教 歓喜の思想 愛に苦悩する人の救いの道 今井幹雄]六道輪廻の世界_画像1](https://auctions.c.yimg.jp/images.auctions.yahoo.co.jp/image/dr000/auc0503/users/543d8dcc0eee818d9387ca7d78d9e4a8963de54f/i-img1200x1200-1711435746x4idcw203879.jpg)
なつかしい御本が出ていたので求めました、私の聖天信仰への道を開いてくれた本のひとつです。
もう亡くなられていますが著者の今井幹雄先生は真言宗の六大新報の主筆で大森先生とも親しく、私も大森師に伴われてご挨拶に伺いました。
実に豪放磊落な方でした。
この本には先生ご自身が歓喜天との出会いからいろいろな気付きを得るまでが書いてあります。なかなか怖いことも書いてあります。
しかし、先生はこれらの体験を単純に歓喜天の祟りとは考えないで捉えなおされています。
その辺も一読の価値があります。
もう一つ書き添えればこの本は今井先生所蔵の歓喜天が表紙になっていますが、実はこれは歓喜天ではなくヤマ天と思われます。
その昔は交合像はそのまま歓喜天という誤解があった。
歓喜仏であっても歓喜天ではない。
ゾウの頭でなく水牛の頭で向かい合う女天はヤミー、実はヤマの妹と言います。
このタイプはヒンドゥーではなくチベット仏教のものです。
インド神話ではこの二人は夫婦でもあり、実はその子供が我々人間なのだという。
死の神が生んだ子供が我々なのだという衝撃的なお話です。
我々は死の神の子供たちなのだ。
これって「新世紀エヴァンゲリオン」で人類は使徒のひとりだったというのと同じくらい衝撃的なおはなしです!(笑)
しかし、今井先生はこれを歓喜天の御尊像として扱われ、やはりそうとしか思えない結果をだされている。歓喜天と祈れば歓喜天としてあらわれる。
要は形より心なのでしょう。
※写真は当院のヤマとヤミー
